朝顔の歌 招霊の庭
秋はてて霧のまがきにむすぼほれ あるかなきかにうつる朝顔
朝顔の姫が源氏の求婚に対して返す歌です。
女盛りも過ぎて霧の隔てに 色あせている私です・・・。
なんとも意味深な、やわらかなおことわり。霧は垣根や壁ではないけれど、ずっと距離を感じます。
手の届かないかすんだような存在。
あなたはここには来られない。
と言っているようです。
物語の最後に、源氏はずっと心に戒めていた藤壺への思いをとうとう声にしてしまいます。
雪が そうさせたのです。藤壺が永遠を祈った雪の庭、藤壺が自分を置いて出家してしまった日も雪の日でした。雪はそのまま藤壺にかさなります。
天と地の結界を超えて降りてくる雪。神遊びのような庭に源氏が結んだ藤壺の映像は、寝入った源氏に呼びかけます。源氏は言霊によって藤壺の魂を招いてしまったのです。
本当に久しぶりにまみえる藤壺の姿。
答えようとする源氏は傍目にはうなされているので紫の上が起こしてしまいます。
儚く消えた藤壺の姿・・・。
一瞬の夢はまるで咲いてすぐに萎む朝顔のよう。
とけて寝ぬ寝覚め淋しき冬の夜に むすぼほれつる夢のみじかさ
と源氏は独り言を言います。
それは
秋はてて霧のまがきにむすぼほれ あるかなきかにうつる朝顔
と朝顔が読んだ歌に響き合い、この歌がそのまま藤壺にかさねられます。
朝顔との恋のやり取りは、藤壺出現の道標だったのです。
そしてもう絶対に届かない藤壺を源氏は感覚するのです。
次ぐ『乙女』の巻で源氏が地に足をつけ権力者の象徴のごとき六条院を完成させるのその勢いには、この絶望感が力を与えているかのように思われます。