空とぶものに思いを託して

春が待たれる寒い日に、蝶や小鳥の舞歌う「胡蝶」の巻を思います。


 晩春三月、六条院春の御殿で池に龍頭鷁首の舟を浮かべての舟楽が催され
春の御殿の素晴らしさが隈無く描かれます。
 翌日はここに里帰りしている秋好中宮による季の御読経があり、
紫の上は鳥蝶に扮装した童を使者に桜と山吹の花を贈ります。
ここで昨秋の秋の庭を自慢なさった中宮にりべんじ。
春秋優劣の歌の優雅なやり取りです。

 夏四月、源氏は玉鬘に届けられた懸想文をあれこれ読み
玉鬘に返答の仕方など指導する一方、
源氏自身もかつての恋人夕顔にかさなる玉鬘への思いを抑えきれず
心中を打ち明けてしまいます。
不安定な身の上の玉鬘は他に頼る人もなく困惑するばかり・・・・。


表向き娘として迎えた玉鬘に抱いた恋心・・・
源氏はいけない、と思うとよけいに燃えてしまうタチなのです。
死んでしまった夕顔の面影残る玉鬘では仕方がないかとは思いますが
実の父にまだ自分の存在を知らせてもらえない玉鬘は
源氏の加護がなければ生きていけない身の上。
自分の立場をはっきりしてもらえないというのは辛いものでしょう。

思えば紫の上にしても、源氏は最愛の人としながら彼女を正妻にはしていません。
そればかりかきちんとした婚礼も挙げていないのです。
この巻で六条院の女主の座を誇る紫の上にはこの後もっと大きな不幸が待ち受けています。

遡って六条御息所も、世間では御息所は源氏と再婚か?などと噂が立ったほどだったのに
通うこともせずに彼女を苦しめ、その恨みが彼女を生き霊に変えてしまうのはなんという不幸でしょうか。
病に伏した御息所からいざ別れを告げられると未練がましくでかけてゆき、
女性としては見せたくない衰えた姿で会うことになってしまいました。
それでも御息所は源氏から距離を置くことができたのです。

六条院という荘厳な加護 ・・・籠。
その中で花のような小鳥たちが懸命に生きています。
物語の中で可愛い女の童(めのわらわ)達が小鳥や蝶に扮して舞う胡蝶の舞
地に繋がれた人間が、自由に空を飛ぶものに思いを託す舞は 
洋の東西問わずどこにもみられます。
胡蝶の巻は源氏物語のなかでもっとも明るく絢爛な場面が続く巻だと思います。
けれどその光にはまだ目にはみえない蔭のゆらぎがゆらゆらとかさねられています。
六条院御殿に摘み取られた花たちは 光をうしなっては生きていけません。
有り難くも残酷な身の上であるここの女人だれもが心の底に秘めている空への思いが
胡蝶となって春の光に映し出されているのかも知れません。 

2月の23日(土)、24日(日)午後3時から
明大前キッド・アイラック・アート・ホールにで「胡蝶」の巻を語ります。
春の気配の見られる頃、一足早い春爛漫の巻をお聴き下さい。


公式サイト京ことば源氏物語 胡蝶の巻



http://www.genji-kyokotoba.jp/