蕪村忌句会 in 島原 角屋
今年最後のお仕事は源氏物語ではなく
蕪村が京都で詠んだ句を、京都の音調で朗読するという試みです。
関西大学の藤田真一先生企画 毎年恒例の蕪村忌句会。
蕪村の命日は12/25で私の母方の祖父と同じ日、なんだかご縁?。
会場は京都島原の角屋さん。
天正17年(1589年)、豊臣秀吉によって柳馬場二条に傾城町としてひらかれ、
寛永18年現在地に移る時の大騒ぎが、島原の乱のようだったというところから、
「島原」の名がついたとか。位置も母の実家の近所。
(因みに母の実家は御寺です)
島原が開かれて以来現存する唯一の揚屋の遺構として国の重要文化財に指定された角屋さん。
当代 中川清生館長が情熱的に各部屋の魅力を案内解説して下さり、
その素晴らしさにただ驚きました。
浅葱色の壁に螺鈿を施した青貝の間の床柱には、新撰組大暴れの生々しい刀傷、
一瞬過去のざわめきがよぎっていきました。
さて 俳句って朗読して表現するものなの?
不勉強ながら声に出して読むうちにとても難しいことと気づきました。
和歌はあふれる情を下の句で、うーん、決着をつけるというのではないけれど
心に収まるように詠まれるし、思いの的がはっきりしてる。
でも俳句は感情じゃなく感覚的。削ぎ落とされたエッセンス。
言いさして、 ・・・・・ というのも多くて、受け取る人がそれぞれに完成させる感じ。
句ごとに表現を工夫して技巧に走ってはいかん。
だから声にする前に
句に詠まれたその場所に行こうと思ったのです。
春の海だったり
京の町だったり
冬こだちに 一瞬に。
そこで感覚する香り、つめたさ、緩急、高さ、白さ、遠さ。
そうすると自ずと重心が決まってくる。
結果は? 自分では判らないけど
句会に参加された皆様が、一緒に時空を旅して下さったのを感じました。
四季の句を十一首、そして「歳末の弁」
これは沁みます・・・
句の前に長い文章があるのでどんどん粒子が集まってきます。
まとった言葉を脱ぐように
芭蕉去りて そののちいまだ 年くれず
・・・脱ぎきれなかったかな・・・?
ああ難しかった。
兼題「蕪村忌」 で
蕪村忌の西に水晶色の星
と詠まれた方がありました。
蕪村への思いを、見える物の中で一番遠い「星」につないでおられるような
中井先生が旅立たれてから、私の年も暮れない くれない 紅・・・。
先生の思いを明日に繋いで 私もいるのだろうかと 。
年が明けたら三回忌。
蕉翁にこころを繋いだ蕪村
蕪村に繋ぐこの句会で、
遠い中井先生に私も繋がってみました。
京都いにしえの時空間で 今年を締めくくることができ
「必死に幸せ」なこの一年を振り返った一日でした。
来年もよろしくお願い致します。
感謝をこめて。