琴(きん)の琴 これが七弦琴の音

明石の御方は琴の名手です。
父入道が教えたようですが、入道も延喜の帝の直伝を弾き伝えて三代目
とあるように、大変高貴な楽器であることがわかります。

明石から都に召還される源氏は この地に残してゆく明石の君に
形見として自身の孤独を慰めた琴の琴を託します。
「この調弦がかわらないうちに会いましょう」
といって三年が過ぎてしまうのですが
再会した二人はこの琴の調べで時の隔てを取り戻します。

琴には高位から 琴の琴、箏の琴、和琴 とありますが、
実は源氏物語が書かれた時代、すでにこの琴の琴の奏法は失われていました。
けれども源氏物語は百年前を想定して書かれているので
源氏の君はこの琴の琴の名手とされているのです。
ちなみにあの鼻の赤い末摘花の姫もこの琴を弾きました。

源氏物語の時代にすでに忘れられた貴風・・・
それはどんな音なのでしょうか。
琴の琴は七弦琴です。
現在の琴のように琴支で調弦するのではなくすべて開放弦。
片方の手で弦をおさえて調べをかえ、もう片方でつま弾く奏法です。
シンプルながらその演奏は大変豊かであったようです。
日本には奈良時代中国から伝わった琴の琴が国宝として残っています。

中国では近年 琴(きん)の復興がさかんで、奏者も多く存在するようです。
昔聴いた中国の音楽で、この深い音色は何?? それは古箏。
というのが記憶に残っていましたが
聴いてみたらまさにその音でした。
聴いてみて下さい。

その歴史(約10分 中国語なのですが映像なのでなんとなくわかります)

演奏は中国の曲なので、源氏物語での演奏とは若干違うでしょう。
奈良時代に伝わって、日本風の調べや奏法に変化していたでしょうから。

源氏を思いながら、身を嘆きながら 明石は琴を奏でます。
この音色に松風が響き合う   というのはかなり凄みがあるなあとも思えます。
寂しい心から弾く琴であっても、弱々しい音ではなく
この琴からかもしだされるのはなにか念に近いものがあるように思います。
届くはずもない源氏の耳に届けとばかりに。
実際、明石の地で二人は琴を弾いていてその響きは源氏に沁みついているはずです。
そして約束の言葉は「この弦の調子が変わらぬうちに。」
都での三年間、この見えない琴の糸は源氏に絡まり
人には聞こえない琴の音が源氏の耳には聞こえていたことでしょう。

明石の君は琴を弾くことで、絡めたその糸をしずかにしずかにたぐり寄せました。
身分違いの身の程を知りながら、育ってゆく姫の行く末を思い
明石の浦に寄せては返す波のように
逢いたい逢いたくないと心の中で繰り返していたことでしょう。

身の程を知る明石君は源氏に決して要求はしません。けれど
初音の巻などみても 物を言わぬ控えた態度の中に
(心ならずもなのか願い通りになのか)人を動かす力を明石は持っています。
それはもう一度一族に栄華をと望んだ信念強い入道ゆずりの
彼女の潜在能力なのかもしれません。