不吉なまでの美しさ

源氏の君のあまりの美しさに、「不吉とさえ思われる」というこの表現、
美しすぎると神様が魂を連れて行ってしまう
または物の怪に魅入られてしまう 
究極の賛美の表現です。

昨日は母が人工股関節をいれる手術を受けました。
高齢ながら身体は手術に堪えられる健康状態、
ただ全身麻酔の時に持病の喘息の発作が誘発されるとやっかなことになる。。。

このリスクを踏まえてなお決断をした母をみんなで応援しました。
おかげで仕事ではなく帰郷、久々に長期間京都にいます。
手術は9時から。兄が付き添ってくれ
父は身体の調子のこともあって私とお留守番。
前夜は眠れなかったようです。

父にピースポーズを取って貰って写メールで兄に送ると
兄から「おふくろの勝ち」と返信がありました。
点滴をしながら拳を握って笑っているいる母の写真。
父のピースサインはいつも手の甲がこちらを向いているので
「お父さん、それは チョキ。」
それに対して母は グー で返したのでした。
その写真の笑顔があまりにも美しくて私はドキリとしました。

リスクのことを不安な気配と発しないようにできるだけ考えないようにしていたのに
この笑顔のきれいさに、言葉にできないような気持ちが湧いてきました。
その時に思い出したのが 「不吉なまでの美しさ」。
今までは表現だと思っていた言葉がいきなりリアルに迫ってきたのでした。

父をデイサービスに送り出してひとりになると落ち着かなくなりました。
お仏壇に向かって、ご先祖様総動員。
「お母さんの霊の緒をしっかりおさえててね」と御願いしました。
母の実家は日蓮宗のお寺、過去帳の十六日には日蓮上人の誕生日 と記されていました。
なんだか力づけられた気になりました。単純。
普段の自分は特に宗派を決めないでいるけれどここぞとばかりに
日蓮上人、御願いね。

そうして世界中のみんなを味方につけて連絡を待っていると
無事終了のメール。
病院にすっ飛んでいくと、麻酔から覚めてもうろうとしている母。
大きく切開したのにすぐ足首や膝を曲げたりしないといけないのは可愛そうかと思ったけど
看護師さんのサポートも手厚く安心できました。

身体の弱かった母は過去にもう何度も命をいただいているようです。
そんなエネルギーをくれる命の源泉が本当にどこかに存在するのだと思えました。

世界中にありがとう。